厳しいけど心根は優しい頑固オヤジの雰囲気満点だったのは「長さん」こと下川辰平さんではないでしょうか。
宮内淳さんが亡くなってから、私は『太陽にほえろ!』の名刑事たちを思い出してやみません。
ミスター昭和おやじ「下川辰平さん」はどんな人?
「こら!」と本気で叱ってくれるオジサンが絶滅危惧種になってきました。
そんなことしたら平成の過保護ママゴンから、
「うちの子になんですか!?訴えますよぉぉぉぉ?!」
と怒鳴り返されそうな世の中になってしまいました。
そして、子どもはワガママ放題、迷惑かけまくりですから困ったものです。
誰がこんな世の中にしてしまったのか。
長さんみたいな正義感あふれる素敵なオジサンがいなくなってしまいました。
「ウザい」とか「キモい」などの言葉がいかによろしくないかわかります。
注意されたら、すぐに言いますからね。そういう言葉を。
《乙未》日生まれの 印綬格の人
乙の人です。
乙は草花ですが、時に雑草のような強さがあります。
派手でなくとも踏まれてもまた伸びてくる強さを持つ人です。
- 柔和で控え目、人情に厚く、律儀で誠実な性格。
- 視野はそれほど広くはなく、やや保守的なところもあるが、不思議と頼られる。
- 社交性はあるが、組織内部では几帳面で気難しい性格と思われがち。
- 実務的な面でリーダーシップを発揮すると同時に、組織の中の潤滑油的存在である。
月支の《印綬》から本質を掘り下げると
- 学術・芸術・芸能関係などに素質才能がある
- プライドが高く、秩序を重んじる
- お金は計画的にしっかり貯めるタイプ
- 冷静沈着で自分を強く押し出さないが、温和な人情家
日支食神に月支印綬があるため、
- 落ち着いた穏やかな雰囲気だが、好きなことは熱中する(ハイエナに凝っていたと聞いたことがあります。本当なら珍しいですね。)
- 活動的で生活を楽しみたい気持ちが強い
月・日の柱に子どもの因子である「官星」がないので、時柱にもなければ子縁は薄かったと思われます。
日干がやや弱いので、それほど野心家ではなかったと思われます。
『太陽にほえろ!』の放映が始まったのは、1972年
下川さんは42歳でした。その頃の大運は、
〈壬 辰〉印綬運 東方木運 羊刃 空亡
この印綬の10年間は、月支印綬とも重なり、喜神として働くため、地位や名誉ごとに縁が深く、手に入りやすい運気にありました。
空亡と羊刃は好調運気にややブレーキを掛けたかも知れません。
しかし、歳運も〈壬 子〉印綬運 で、この時期は「大運・歳運・月支」のトリプル印綬が揃いました
- 脚光を浴びる時
- 名声や名誉を得やすい時
- 先輩や目上の引き立てがある時
チャンスの好運期に、野崎太郎になって躍進したのですね。
令和の今こそ「親父の小言」の復権を
印象に残る言葉を書き出しますと、
- 大めしは喰うな
- 初心は忘れるな
- 人には腹を立てるな
- 恩は遠くから返せ
- 人に馬鹿にされていろ
- 働いて儲けて使え
- ばくちは打つな
- おおめしは食うな
- 世話やきになるな
- 何事も身分相応にしろ
- 神仏はよく拝ませ
- 朝は機嫌よくしろ
- 後始末はきちんとしろ
- 自らに過信するな
- 怪我と災いは恥と思え
- 書物を多く読め
- 難儀な人にはほどこせ
- 貧乏は苦にするな
- 借りては使うな
- 義理は欠かすな
- 人の苦労は助けてやれ
- 年寄りはいたわれ
- 出掛けに文句を言うな
- 万事に気を配れ
- 泣きごとは言うな
- 女房は早く持て
- 人には腹を立てるな
- 不吉は言うべからず
- 病気はよくよく気をつけろ
先日、スーパーの駐車場から車を出そうとしたときの話です。
私は、買い物を終えたので帰る所でした。
駐めてあった車を2メートルくらい通路に出しました。
するとその時、向こうから1台の白い車がスゴいスピードで走ってきて、「早くどけろ!」とばかりに急ブレーキ。
私の車との間には10メートル以上の間隔がありましたから、急ブレーキの必要はありません。明らかに「どけろ!邪魔だ!」アピールの急ブレーキでした。
車の運転席を見ると、若い女性がこちらをスゴい顔でにらんでいます。
にらまれる筋合いも理由も全くなかったのですが、「しょうがないな」と、もう一度車を奥に引っ込めて通路を開けてあげると、これまたグオーンとけっこうな勢いで通過して去りました。
私はもう一度車を出して、店舗の前の通路に車を進めました。
そこで、さっきの白い車を発見しました。障害者用の駐車スペースに堂々と車を駐めているところでした。
直後に、スタコラサッサと歩いて店に入る同一人物を見つけました。
自分の都合しか考えない人って、思うよりたくさんいるのだなと悲しい気持ちにさせられました。
長さんがその場にいたら、「こら!どこに駐めている!」と怒鳴ったに違いありません。
でも、今のそういう人は、恥じらいもなく権利意識ばかりが強いので、反省する心すら持っていないのかも知れませんね。
まったく困ったことです。
下川辰平さんは、2004年3月25日に永眠されました。73歳でした。
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