コロナ禍の時代になって結婚披露宴が激減しました。
その代わりに増えたのは「〇くんの結婚祝いのビデオレターを送ってください」という元教え子からの依頼です。
私はメッセージを自撮りするのが照れくさく、車の中で撮影しました。
【オンライン・クラス会】サプライズ報告
数日後に三次会の連絡が入りました。(なぜか二次会でない)
「懐かしさついでに皆でオンラインで盛り上がろうってことになりました。ぜひ参加してください」
ということで、近況報告も兼ねておよそ15年ぶりにオンライン・クラス会が開催されました。
まず近況報告から始まりました。
司会が「ふつうの近況報告プラスなるべくサプライズ報告もお願いします。無理しなくてもいいけど、ぜひ!」
それでは、各人のサプライズを抽出して以下に記します。
「2年前に結婚しました」
拍手の後、「どんな人?」の質問が飛び交いました。
「1年前に離婚しました」
空気が重くならないように本人が明るく語っていました。
こんなことを語れるのは元クラスメートだから?
ちゃんと突っ込みを入れる優しい子が「私、それ聞いたの3回目なんだけど(^_^)」。
「今年、子どもが生まれました」
拍手の後、「男の子?」とか「何人目?」などの質問が。
「転職して今は3度目の職場です」
「3回も?」「家族は大丈夫?」「思い切りがいいな」「ブラックだったの?」
などの声が。
「伯父の会社に後継者候補として入社したけど気まずくなって辞めちゃった」
「どんな仕事だったの?」「親子でも難しいからありそー」
拍手が起きたり、心配されたり、突っ込まれたり、まあ15年も経てば人生も様々な展開をしているようです。
出世自慢は一人もいませんでした。
時代の影響か、世代の気質か、それとも不作のせいか…(^_^)。
【サプライズ報告】テレビを撤去した
インパクトが強かったものを2つばかり書きます。
Kくん「3年前結婚して、双子が生まれました」
「すごい」「男の子?女の子?」「一卵性?二卵性?」「育児大変じゃない?ちゃんと奥さん支えてる?」
Dくん「俺は特にないけど、家のテレビを全て撤去しました」
「有機テレビに買い換えるの?」
「うらやましい」
ところが違いました。
「テレビは一切いらないから」
オンラインの場は一気に盛り上がりました。
「なんで?」
「電気代の節約?」
「生活が苦しいの?」
「変なものしか見ないから奥さんが激怒して撤去?」
「YouTube ばっかり見てるんだ?」
Dくん「正解はYouTube。テレビは必要ないから」
誰か「え?やっぱりスマホやタブレットがあれば何とかなる時代なのかな?」
Dくん「うん、そうだね」
誰か「奥さんは賛成したの?」
Dくん「最初ちょっと反対したけど、うちの嫁はスピリチュアルに凝っていて、『テレビは金運を落とす』ってどこかで聞いたみたいで最後は賛成してくれた」
誰か「ふーん、映画をスマホやタブレットで見ても迫力なくない?」
Dくん「慣れちゃったら、そうでもないよ。パソコンも使うし」
「運気を下げる」ことについて、一人の女子(もう女性ですね)Uさんが私に話を振ってきました。
私が占いをやることを知っているのはUさんだけでした。
他の人は知りません。
私「お子さんは何歳?」
Dくん「4歳です」
私「お子さんのことを考えたらテレビはあったほうがいいと思うけどな」
Dくん「友だちの話についていけないから?それは嫁も気にしてました」
私「それもあるけど、YouTubeだと情報が偏っちゃうんじゃないかと」
Dくん「子供番組みたいなのはタブレットで見せたりしてます」
私「いやいや、 YouTube とかで見せるものは意図的に選んだものだから。偶然目にした画面を見て子どもの好奇心は育つんじゃないかなと」
続いてまた私。
私「うちの息子も、たまたま目にした動物の映像を見て興味を持ち出したよ。俺なら見ようとも思わない危険生物の映像を偶然見て『図鑑ほしい』と言い出したし。変な例ではトランプ大統領のことを知って『偉くて強い人なんだ』と言い始めた。子どもの好奇心は思わぬ偶然から育つもんだと実感したんだよ」
誰か「へぇ、一理あるかも」
私「でも、テレビ番組の質も全体的に下がっているからDが言いたいこともわからないでもないけどね」
Dくん「いろんなものを見せるように頑張ります」
誰か「じゃあ、買うの?」
Dくん「いや、うちはいらない」
高校時代のDくんは頑固の「が」の字もなかったのに、社会に出るといろんな意味で成長し変化するのだなと感じました。
皆さん、Dくんの「提案?」を聞いて話が盛り上がりました。その意味では場を盛り上げる功労者だったかも…。
「うち、テレビなしは絶対無理」
「ニュースならネットで入ってくるからありかも」
「みんな新聞はどうしてる?」
「うちは一切読まないから取ってない」
やり取りを聞いているだけで楽しくなります。やはりZOOMは便利ですね。
もちろん直接の臨場感には及びませんが。
Uさんが再び私に話を振りました。
「運が下がるって、先生はどう思う?」
(おいおい、わざわざ振るなよ)(^_^)。
私「テレビって一般家庭に普及したのは昭和40年代からだよ。その頃から各家庭の運気が下がったのかい?」
皆「たしかにそれは言えてる」
皆の同意に背中を押されて、私は勢いづきました。
私「そもそも、テレビがなぜ運気を下げるの?そんなデータあるとは思えないけど」
Dくんの理論をまとめると、
「電磁波の悪影響」
誰かの発言「それなら体に密着するスマホの方が悪いんじゃない?」
「時間のムダ遣い」
誰かの発言「YouTubeの方が夢中で見ちゃうよ」
「金運が下がるらしい。嫁が言ってた」
皆「…」「それ、ホント?」
その後、UさんからLINEが来ました。
Uさん「テレビのこと本当はどうなんだろ?」
私「番組の質は下がっているけど、まだまだ子どもに見せたい番組もあるからね」
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「偶然・予期しないもの」との出会い
うちの息子だって、台風のニュースを見て「かわいそう」と言ったり、相撲の白鵬を見て、「横綱ってどのくらい強いの?」と聞いてきたり。
話が少し飛びますが、小・中・高の国語教科書の一番良いところは、自分の好みや現実的利益と関係なく、突然読まされることだと思っています。
書店に行って『羅生門』を買う中高生がどれだけいるでしょうか?
『山月記』『こころ』『高瀬舟』『舞姫』
どれも高等学校の国語の教科書の定番ですが、ほとんどの生徒が一読するとのめり込んでくれます。
『項羽と劉邦』『源氏物語』もそうです。
どれも文章の内容だけで高校生を惹きつける力を持っています。
選択の自由と言いますが、押し付けられないと(この言葉に抵抗感を持つ人はいるでしょうが)、決して読むことのない名作が世の中にはたくさん存在します。
- たまたま教科書にあったから読んだ
- 読んでみると面白かった
- 本を読むことが好きになった
という三段論法?が、子どもの周囲には溢れているように思います。
- お父さんにプールに連れて行かれた
- 最初怖かったけど思ったよりも楽しかった
- たまたま誰かに「上手だね」と褒められた
- 水泳を習ってみようかなと思った
私の場合は、
- 家族がテレビで相撲観戦していた
- たまたま大関旭國の取り組みを見て「うまい!」と感心した
- 自分も相撲をやってみたいと思った
- 近くに相撲を教える道場がないので、代用品として柔道を始めた
知人の息子さんの場合は、それが野球でした。
「たまたま」という偶然は、子どもの人生に大きな影響を与えると思うのです。
日常的に「たまたま」を与えてくれるもの、その中の一つにテレビがあると思うのですが。
それにしても、Dくんの家庭では皆でサスペンスドラマを視聴して、一緒に推理したりしないのかな?
家族でスポーツ観戦して、一緒に声に出して応援したりしないのかな?
そういう機会って、これからDくんの家ではあるのだろうか?
「パソコンで見るから大丈夫」って、そういう時代なのかな?
私みたいに50歳を過ぎてしまうと理解が及ばなくなるのでしょうか?
それに、どうしてテレビが金運を下げるのだろうか?
広告だらけだから?
私はテレビと金運の関係を否定します。「そんなの関係ない!」
何でも運とリンクさせようとする占い師の発想が好きでないのです。
それなら今のネットの方が、それこそ玉石混交の広告世界になっているし。
そもそもパソコンだって電磁波を放出するよね。
いつかDくんに答えを聞いてみようと思っています。
それに、開運と子どもの知的好奇心のどちらを大事にする?
と聞かれたら、私は迷わず「子どもに決まっているだろ」と答えます。
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