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四柱推命を使って大凶運を克服する方法|2024年の悪運期からの収穫

四柱推命を使うと、人生には進みやすい時期だけでなく、いつも以上に慎重さが必要な時期があることがわかります。

私にとって2024年は、以前から「シンドイ1年になるかもしれない」と覚悟していた年でした。

実際に迎えてみると、父の病気と死去、家族の看病疲れ、義父の体調トラブル、繰り返す車の故障など、心配事が次々と重なりました。

一つの問題が落ち着いたと思ったら、また一つやって来る。

そんな日々の中で私は、凶運期の本当のつらさは、起きた出来事の数だけではないと感じました。

心が休まらなくなり、物事の受け止め方や判断まで揺れやすくなることも、凶運期の怖さなのだと思います。

しかし、2024年を実際に経験したことで、私は大凶運に対する考え方を少し変えることができました。

大凶運を克服するとは、悪い出来事をすべて消すことではありません。

苦しい出来事があっても、人生を止めず、心と生活を守りながら次の時期へつなぐことです。

この記事では、大凶運の詳しい見分け方ではなく、2024年に私が経験したこと、そのときの感情、判断の変化、そして悪運期から得た収穫をお伝えします。

大凶運の苦しい時期を乗り越えて進む道を表した風景

大凶運でも、人生を止めずに壊れない速度で進む

2024年は以前から注意していた1年だった

私の日柱は「庚戌」です。

2024年は「甲辰」の年で、私の命式と年運の間には天戦地冲が成立していました。

そのため、2023年の終わり頃から、

「シンドイ年がやって来る」

と覚悟していました。

私が以前に同じような強い注意期を迎えたのは、1976年です。

次に巡ってくるのは2036年になります。

ただし、この記事では、天戦地冲や大凶運の詳しい判定方法には踏み込みません。

悪い時期は、一つの条件だけで決まるものではなく、命式・大運・年運の重なりから総合的に判断する必要があるからです。

▶ 悪い時期・危険な時期の見分け方

命式・大運・年運、七冲、天戦地冲、空亡などをどのように重ねて注意期を読むのかは、別の記事で詳しく解説しています。

四柱推命で悪い時期・危険な時期を見分ける方法

運の流れを事前に知っていれば、ある程度の心構えはできます。

一方で、悪い時期を知っているからこそ、何か問題が起きるたびに、

「やはり今年は良くない年なのだ」

と考えてしまうこともあります。

実際に2024年を過ごす中で、私は四柱推命を知っていることの利点と、運勢を意識しすぎることの危うさの両方を感じました。

 

2024年の大凶運期に私へ現れたこと

2024年は、全体を通して心の重さが抜けにくい1年でした。

特に大きかったのは、次の出来事です。

  • 父の病気と死去
  • 家族の看病による疲れ
  • 義父の体調トラブル
  • 繰り返す車の故障と出費

父との別れを、運勢だけで説明することはできません。

年齢や病気、本人の人生など、さまざまな要因が重なった結果です。

車の故障も、古くなれば起こり得ます。

一つひとつを取り出せば、人生の中で誰にでも起こる可能性がある出来事です。

それでも2024年は、問題が短い間隔で重なりました。

一つを何とか乗り越え、ようやく落ち着けると思ったところへ、また次の心配事がやって来ます。

「またか……」

そう感じることが、何度もありました。

平年よりも、問題の数だけでなく、心にかかる重さが大きかったというのが、私の正直な実感です。

 

最もつらかったのは「次は何が起きるのか」という不安

2024年を振り返ると、つらかったのは、起きた出来事そのものだけではありません。

一つ問題が起きるたびに、次の問題まで先回りして警戒するようになったことも、心を疲れさせました。

車が故障すれば、

「次はどこが壊れるのだろう」

家族の体調に問題が起きれば、

「まだ何か続くのではないか」

と考えてしまいます。

何も起きていない日にも、心のどこかで身構えていました。

悪い時期を事前に知っていれば、備えることはできます。

その一方で、普段なら気にしない出来事まで、大凶運の兆候に見えてしまうことがあります。

私は途中から、出来事そのものだけでなく、まだ起きていないことまで悪く想像していないかを確かめるようになりました。

 

悪い出来事から意識を離す時間も必要だった

2024年にも、良いことはたくさんありました。

家族とのつながりを感じた時間もありましたし、周囲の人に助けられたこともありました。

趣味を楽しめた日もあります。

しかし、心が疲れていると、良かったことよりも悪かったことのほうが強く記憶に残ります。

これは、無理に前向きに考えればよいという話ではありません。

父との別れを、良い出来事だと思う必要などありません。

悲しいときは、悲しくて当然です。

ただし、悲しい出来事があったからといって、その年のすべてが悪かったと決めつけないことも大切です。

私は、心配事だけで頭の中が埋まらないように、映画などの趣味へ意識を向ける時間を持ちました。

趣味は、現実の問題を直接解決してくれるわけではありません。

それでも、心配事から一時的に距離を取り、現実へ向き合う力を取り戻す助けにはなりました。

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「凶運期だから無理しない」はイヤだった

凶運期の過ごし方として、よく次のようなことが言われます。

  • 無理をしない
  • 謙虚に過ごす
  • 新しいことを始めない
  • 起業や転職など、大きな決断を避ける
  • 準備期間だと思って静かに待つ

確かに、慎重に過ごすという意味では正しいと思います。

しかし、私は以前から、この説明にどうしても納得できない部分がありました。

人生は、それほど長くありません。

今、動かないと進めないこともあります。

家族、仕事、年齢などの事情によっては、運が良くなるまで何年も待つことなどできません。

時間は待ってくれませんし、周囲はどんどん先へ進んでいきます。

「凶運期だから、おとなしく過ごしてください」

そう言われて、人生の時間をただ消費するのはイヤだというのが、私の正直な気持ちでした。

私は少しせっかちな性格なのかもしれません。

それでも、「悪い時期は何もしない」という答えだけでは、苦しい人を本当には支えられないように感じていました。

休むことや慎重になることは必要です。

ただし、何もせずに待つことと、壊れない範囲で進むことは同じではありません

2024年を過ごす中で、私はその違いを考えるようになりました。

 

相談者に注意だけを伝えることがつらかった

これまで鑑定では、ご希望がある場合、これから注意したい時期についてお伝えしてきました。

しかし、

「この時期は運が良くないので、控えめに生活してください」

「大きな決断は避けてください」

「〇〇に気をつけてください」

と話すだけでは、私自身が納得できませんでした。

悪い時期を伝えながら、具体的な対処法を示せないことに、もどかしさがあったからです。

悪い時期が分かったとしても、人生を止めることはできません。

仕事へ行かなければならない人もいます。

家族を支えなければならない人もいます。

予定を延期できない人もいます。

注意を促すだけではなく、その中でどう生活を守り、どう判断すればよいのかまで伝えられなければ、十分ではないと思っていました。

自分が経験していないことを、自信を持って伝えるのは難しいものです。

2024年に自分自身が凶運期を経験したことで、私はようやく、注意だけではない伝え方が見えてきたように思います。

 

それでも平常時と同じ勢いで進むのは危ない

「何もしないのはイヤだ」といっても、凶運期に平常時と同じ勢いで突き進めばよいわけではありません。

2024年を経験して、この点も強く感じました。

問題が重なると、心には自分が思っている以上の疲れがたまります。

焦りが強くなり、状況を一気に変えたくなることもあります。

不安から、必要以上に悲観的な結論を出したくなることもあります。

反対に、怖くなって必要な行動まで先延ばしにすることもあります。

凶運期に注意したいのは、出来事だけではありません。

心が揺れている状態で、後から戻しにくい判断をしてしまうことにも注意が必要です。

判断に迷ったときは、やり直せる行動か、やり直しにくい決断かを分けて考えるようにしました。

後から修正できる小さな行動は進めても、退職、離婚、大きな投資など、元へ戻すことが難しい決断は、気持ちが落ち着くまで急がないようにします。

悪い運勢を意識しすぎて不安になる様子

凶運を意識しすぎないことも大切

私が見つけたのは「止まる」ではなく「速度を落とす」方法

2024年の経験から私がたどり着いた答えは、人生を完全に止めることではありませんでした。

行動の速度と、背負う負担を調整することです。

何もしないのではなく、一度にすべてを変えようとしない。

大きな結果を急ぐのではなく、今できる範囲を一つずつ進める。

心が大きく揺れている日は、重要な結論を出さない。

無理をしていると感じたら、予定の一部を減らす。

これなら、人生を止めずに、判断ミスや負担の増加を抑えながら進めます。

凶運期は、冬に似ています。

冬に夏と同じ服装で出かければ、体を壊してしまいます。

しかし、冬だからといって、毎日家の中へ閉じこもる必要もありません。

雪が降るなら、早めに出発する。

滑りにくい靴を履く。

無理な道を選ばない。

疲れたら早めに帰る。

四柱推命で悪い時期を知る意味も、それに近いと思います。

動かないためではなく、その時期に合った進み方へ変えるために使うのです。

 

2024年に意識した五つの乗り越え方

悪い出来事だけを数えない

つらい出来事が続くと、悪かったことばかりが記憶に残ります。

そこで私は、良い出来事を無理に探すのではなく、心が少し休まった時間にも目を向けるようにしました。

映画を見た時間、家族と普通に話せた時間、誰かに助けてもらったこと。

大きな幸福ではなくても、悪いことだけが一年のすべてではないと確認できます。

気持ちが揺れている日に結論を急がない

不安、怒り、悲しみが強いときには、現実以上に悪い結論を出しやすくなります。

私は、自分の気持ちが大きく揺れていると感じたときは、その場で重要な判断を終わらせないようにしました。

一晩置く。

数字や事実をもう一度確認する。

信頼できる人の意見を聞く。

それだけでも、感情だけで決める危険を減らせます。

予定とお金に余白を残す

問題が重なる時期は、予定外の用事や出費も起こりやすくなります。

2024年には、家族の看病や車の故障によって、時間もお金も予定どおりには進みませんでした。

そこで、予定を限界まで詰めず、急な出来事に対応できる余白を残すことの大切さを感じました。

使える時間やお金を最初からすべて予定に組み込んでしまうと、一つの問題が起きただけで生活全体が苦しくなります。

凶運期に必要なのは、何もせずに待つことではありません。

予定外の出来事が起きても、生活全体が崩れないだけの余力を残しておくことです。

変えられることと変えられないことを分ける

父の病気や死去は、私の努力だけで変えられるものではありませんでした。

一方で、自分の休み方、予定の組み方、家族への接し方、出費への備え方は変えられます。

変えられないことまで、自分の責任として背負えば、心はさらに苦しくなります。

自分にできることへ力を使い、できないことまで支配しようとしない。

2024年には、この区別を何度も考えました。

占いを何度も確認しすぎない

悪い時期だと知ると、さらに悪い情報を探したくなることがあります。

別の占いを調べ、悪い意味を見つけ、また不安になる。

これを繰り返すと、何も起きていない時間まで凶運に支配されます。

必要な注意点を確認し、現実的な備えをした後は、運勢から離れる時間も必要です。

注意はする。

しかし、怯え続けない。

この距離感も、大凶運を乗り越えるために大切だと感じました。

 

1976年の大凶運後に起きた大きな変化

私が以前に強い注意期を迎えた1976年は、小学3年生のときでした。

当時は、自分の運勢を知っていたわけではありません。

1、2年生の頃から、私は勉強に自信が持てず、先生とも噛み合わず、音楽や体育も苦手でした。

自分を「ダメな子ども」だと思っていた時期です。

ところが、1977年に小学4年生になると、勉強が急に分かるようになり、友人関係も良くなりました。

学校生活が楽しくなり、自分に初めて自信を持てるようになりました。

「ダメな俺」から「できる俺」へ。

自分自身に対する見方が、大きく変わった1年です。

小学3年生だった1976年の自分には、翌年に世界の見え方が変わることなど想像できませんでした。

苦しい時期の中にいると、その状態がずっと続くように感じます。

しかし、運の流れも人生の状況も、同じ場所に固定されるわけではありません。

1976年の経験を思い返すことは、2024年を過ごすうえでも支えになりました。

「今の苦しさが、この先もずっと続くとは限らない」

そう考えられたことは、心を立て直すうえで大きかったと思います。

 

四柱推命は不幸を言い当てるためのものではない

以前の私は、凶運を知ることには、悪い出来事を予測する意味が大きいと考えていました。

しかし、2024年を経験して、その考え方は少し変わりました。

四柱推命が本当に役立つのは、災難をすべて言い当てることではありません。

自分が今、どのような季節にいるのかを知り、その時期に合った動き方へ変えることです。

注意期だと分かっていれば、予定を詰め込みすぎず、急な出来事に備えて余白を残すことができます。

出費が重なったときのために、使えるお金をすべて予定へ組み込まないという判断もできます。

心が不安定になったときも、

「今は気持ちが揺れやすくなっているのかもしれない」

と、一歩引いて自分を見ることができます。

四柱推命は、怖い未来を断定するためのものではありません。

悪い時期にも生活を守り、判断と行動を整えるための道具として使いたいものです。

 

2024年の悪運期から得た一番の収穫

2024年に起きた出来事を、良い経験だったと言い換えるつもりはありません。

父との別れは悲しく、家族の看病疲れや体調への心配も、できれば経験したくないものでした。

車の故障による出費も、ありがたい出来事ではありません。

それでも、この1年から得たものはあります。

それは、大凶運を克服するとは、悪い出来事を一つも起こさないことではないという気づきです。

問題が起きても、自分の生活や心のすべてを壊されないこと。

感情が大きく揺れているときに、元へ戻すことが難しい決断を急がないこと。

人生を完全に止めるのではなく、その時期に合わせて速度や負担を調整すること。

そして、悪い出来事だけで、その年全体を塗りつぶさないこと。

私にとっては、これが大凶運の乗り越え方になりました。

以前は、相談者に注意期を伝えることへ、どこか後ろめたさがありました。

「悪い時期です。気をつけてください」

それだけでは、不安を増やすだけではないかと思っていたからです。

今は、注意を促すだけでなく、

「人生を止める必要はありません。ただし、進む速度と背負う負担を調整し、余力を残してください」

と伝えられるようになりました。

注意期を知らせるだけでなく、その時期をどう生きるかまで伝えられるようになったことが、2024年の悪運期から得た、私にとって最も大きな収穫です。

 

今、悪い時期にいると感じている方へ

苦しい出来事が続くと、

「これからも悪いことばかり起きるのではないか」

「自分の人生は、もう良くならないのではないか」

と考えてしまうことがあります。

私も2024年には、次の問題を先回りして警戒し、何も起きていない日まで気持ちが重くなることがありました。

それでも、一年中すべてが悪かったわけではありません。

つらい出来事の間にも、普通の日や、心が休まる時間はありました。

今、大きく前進できなくてもかまいません。

生活を守りながら、次の時期へつなぐことも大切な前進です。

無理に明るく振る舞う必要もありません。

まずは、心が大きく揺れている日に、人生を変えるような決断を急がないこと。

予定を詰め込みすぎず、少しでも休める時間と、急な出来事へ対応できる余力を残すこと。

そして、その日にできる小さなことを一つずつ進めてください。

今の苦しさが、この先も同じ形で続くとは限りません。

心と生活を守りながら歩みをつなぐことが、苦しい季節を通り抜ける力になると私は考えています。

 

まとめ|大凶運でも人生を止める必要はない

2024年は、家族の病気や死別、看病、思いがけない出費などが重なり、一つ落ち着くとまた一つ問題がやって来るように感じた1年でした。

その中で私が学んだのは、凶運期だからといって、人生のすべてを止める必要はないということです。

大切なのは、

  • 悪い出来事だけに意識を奪われない
  • 気持ちが揺れている日に、大きな結論を急がない
  • 行動を止めるのではなく、速度と負担を調整する
  • 予定やお金に、急な出来事へ対応できる余白を残す
  • 変えられることと、変えられないことを分ける
  • 四柱推命を恐怖ではなく、現実の備えに使う

ということです。

大凶運を克服するとは、悪い出来事を一つも起こさず、無傷で過ごすことではありません。

苦しい出来事があっても、自分の心と生活を守り、次の季節まで歩みをつなぐことです。

注意期を知るだけでなく、その時期に合った進み方を選べるようになったことが、2024年の悪運期から得た、私にとって最も大きな収穫でした。

 

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