世界中のすべての人が「幸せになりたい」と思っている。
幸せを手にするには苦労が伴います。
そして、幸せを手に入れても「福徳宮」が悪いと満足できません。
また、幸せを得るにはある程度のお金が必要です。
お金の状態は「財帛宮」にあらわれます。
【紫微斗数】財帛宮と福徳宮
【財帛宮】
- お金の稼ぎ方・使い方
- 夫妻宮の夫妻宮なので結婚後の生活
【福徳宮】
- 自覚できない深層心理
- 心の状態
- 人生観(楽観・悲観)
- ストレス耐性(精神的打たれ強さ)
- 自殺宮
- 先祖から受ける徳分
紫微斗数命盤は対宮(対角線の宮)と関係性が深いとされます。
財帛宮の対宮は福徳宮です。
四柱推命で考えると、財帛宮は「財星」、福徳宮は「日干」となります。
それにしても、紫微斗数命盤は非常に合理的に作られていると感じます。
先人の知恵ですね。
- お金(財帛宮)に執着すると、心(福徳宮)がカサカサしてくる。
- 心(福徳宮)に囚われると、お金(財帛宮)が貯まらない。
心を満たすため趣味に使いまくったら、お金はいくらあっても足りません。
自分の心を過剰にフォーカスし、悩みすぎると仕事の意欲も減退します。
お金にこだわってガツガツした生き方を続けると、ストレスは溜まるし、心は満たされません。それが生きがいだという人も中にはいますが。
だがしかし(しつこいですが)、ある程度のお金がないと精神の安寧は得られません。
もう、この辺でやめますが、お金と心は切っても切れない関係で結ばれているのは確かです。
それから、財帛宮は夫婦の状態も教えてくれます。
ここが良くないと、当然対角線にある福徳宮(心の状態)に悪い影響を及ぼします。
反対に、心の状態が良くないと夫婦関係にも乱れが生じるでしょう。
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バランス(中庸)を保つのは至難の業
「バランス」と「中庸」を=(イコール)で結んでよいかどうか、厳密なことはさて置きほぼ近いものだと私は考えます。
ここでは=(イコール)として書いていきます。
上の天秤ですが、ハート(心)・¥(お金)として考えます。
傾きがなく、何があってもバランスを崩さない状態が「中庸」です。
心とお金のほどよいバランス。
つまり、上のイラストのような状態です。
どちらかに力を加えすぎると、バランスが崩れます。
栄養もバランスが大切なのは言うまでもありません。
組み体操も、重力のバランスが偏ると、一気に崩れてしまいます。
ということで、何事もバランスが大切です。
しかし、聖人君子でないかぎり完璧な中庸を身につけた人は存在しないと思います。
少なくとも、私はまだ出会ったことがありません。
我々凡人にはとても達し得ない境地…。
「我いまだ木鶏(もっけい)たり得ず」
昭和の大横綱双葉山が70連勝を目の前にして敗北したときに残した言葉です。
木鶏は目前で何が起っても表情一つ変えません。
そんな境地を目指していたことがわかる名言です。
人間は彫刻ではないので、当然感情が動きます。
木鶏であるためには、「何が起きてもバランスを崩さない強い心」が必要です。
つまり、「不動の心」です。
何が起きても、心の天秤が微動だにしない、そんな強い心のことです。
“風が吹こうが、相手が奇襲を仕掛けようが、微動だにしない不動の天秤”
双葉山が理想とし目指していたのはこの心境ではないでしょうか。
だから、「我いまだ木鶏たり得ず」の言葉の真意は、
『心の冷静さ(バランス)を崩さない「不動の心」を私はまだ身につけていない』
ではないかと私は思います。
右目が見えないハンディを背負いながらの不滅の69連勝
そんな伝説の大力士でさえ、バランス(中庸)を保つのは至難の業なのだと教えてくれる言葉です。
「目前の70連勝を意識し、私は心のバランスを失ってしまった」
そんな反省が込められた言葉だと思うのです。
スゴい人物ですね。
木鶏=心のバランスの境地に達した人
双葉山でさえ、「いまだたり得ず」と言いました。
元来、人間の心はバランスを崩しやすくできているようです。
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【生年化忌】自分の心はどこに傾く?(心の傾向)
財帛宮に生年化忌がある人
人間の心はバランスを保ちがたい。
ゆえに、長い目で見ると人生のどこかに必ず傾斜が発生するのですね。
悪いこととは思いません。それが人間ですから。
しかし、バランスが悪い状態が長く続くと、いつしか生活のバランスも崩れてしまう。
これは言えると思います。
自分の心はどこに傾きやすいのか
それがわかる方法の一つが「生年化忌」の存在です。
たとえば、財帛宮に生年化忌がある人は、お金を稼ぐことに人生が傾きがちになります。
悪い言葉に置き換えると「囚われる」。
儲かっているときは良いですが、上手くいかないとその作用はテキメンに福徳宮(精神面)に影響してしまう人です。
利益に囚われやすい人ですから、損得勘定も人一倍細かくなりがち。
欲に溺れなければお金を残すことができる人が多いです。
福徳宮に生年化忌がある人
福徳宮に生年化忌がある人は、心に囚われやすいので悩みやすくなるでしょう。
自分の内面を深く掘り下げてしまう傾向から、
- 嫌なことをいつまでも引きずる
- 人から受ける言動を忘れられない
- 自分に疑心暗鬼になりやすい
などから、悪くすると精神を病む傾向に繋がりやすいと言えるでしょう。
自分の心を見つめすぎる人になるのですね。
それも大切なことですが、過ぎたるは及ばざるがごとしです。
あまりにも内面に囚われすぎると、そこから抜け出せなくなります。
何事もバランスが大切という視点から考えると、見つめすぎは良くないわけですね。
自分の内面を省察しながら、ほどよく外に目を向けることが大切だと思います。
でも、人生傾向はわかっているようで自分ではわかっていないものです。
金銭欲と心のバランス
これはすべての人に当てはまる人生の永遠のテーマといえそうです。
しかし、
- お金があれば、心が満たされやすい
- お金がなければ、心も貧しくなりがち
- 今は心が満たされていても、生活に事欠けばだんだん心もすさんでくる
- 稼ぐことばかりに意識を向けすぎると、これまた心がすさんでくる
世の中、お金で買えるものがほとんどです。
もちろん、お金では買えないものもたくさんあります。
本当に価値があるものはお金では買えない(これも事実)。
こんな人もいますね。
一気にお金を得た人(いわゆる成金)が、急にエラそげになって人格が変わってしまった。
お金(財帛宮)の状態と心の状態(福徳宮)とは、密接な関係にあることは間違いないようです。
金銭欲と名誉欲
これも昔からよく論じられるテーマです。
私に漢文を教えてくださった先生が昔よく言っていました。
『男の三欲、それは「金」「名誉」、そして「女」だ』
自分の欲望はどこに傾きやすいのか、それを知り、調整するのが紫微斗数を学ぶ意義だと思います。
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