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【通信制高校】不登校・過剰なストレスに対する新たな学校の選択肢

昔は「普通高校への通学が絶対大事」という考えが支配していました。

ですが、その考え方も時代と共に変化しています。

学校に行きたがらない子どもは、大きなストレスを抱えています。

そして、親も悩みを深めます。通学より心の健康が大切です。

学校は社会勉強の場だが…

学校は社会勉強の場だが…

 

通信制高校に転学した生徒の成功例

早朝、友だちと自宅に迎えに行ったら成功した…?

私が20代後半に経験した実話です。

古い話ですが、今の時代より不登校への風当たりが強い時代でした。

入学直後から、特定の友だちとしか会話をしなかったA君のことを書きます。

担任の私が話しかけても、いつもブスッとしながら「はい」か「いいえ」しか言いませんでした。

そういうAくんでしたが、勉強はできました。

無口で無愛想、少し暗いという印象はありましたが、休むことなく通学してきました。


ところが、入学後2か月くらいで突然休むようになりました。

仲の良い友だちB君も心配して何度か電話をしてくれたのですが、それでも登校してきませんでした。

あれは体育大会の日でした。

早朝からB君宅に行き車に乗せ、B君と私は二人でA君の家に迎えに行きました。

「体育大会だから学校に行こうよ」

という作戦でした。

もちろん、A君・B君の保護者の方には事前に作戦の了承をもらっていました。

すると、A君は自らジャージに着替えて2階から降りてきて、車に乗ってくれたのでした。

その日、突然のA君の登校にクラスメートも驚き、できる限り優しく接してくれました。

走り回る彼の顔から笑顔がこぼれるのを見て、私もB君も喜びました。

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もっと満面の笑顔でした!

帰りのホームルームの際には、「明日も頑張ろうな」と数人のクラスメートが声を掛ける場面も見られました。

「うん」と頷くA君を見て、私も安堵しました。

「もしかしたら、明日も学校に来るかもしれない」

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期待を胸に翌朝も迎えに行ったが…

翌朝、再びB君を連れて迎えに行きました。

しかし、なぜかこの日は2階から降りて来ません。

そのうち、「バタンバタン」とお父さんと引っ張り合いをする音が2階から聞こえてきました。

「わざわざ迎えに来てくれているんだぞ」

とお父さんの怒鳴り声が聞こえたので、

「いいです、いいです。無理しないでください」

と言って、B君と一緒に学校に向かうことにしました。

お父さんもお母さんも、大変申し訳なさそうにしていました。

「せっかく来てくださったのに…」

B君も、「昨日は楽しそうにしていたのに原因がわからない」と車の中で私に言いました。

今は、生徒を車に乗せることは許されません。当時は、今より多少は長閑な時代でした。

前日は、これまで見たこともないほど笑顔がこぼれていたのに…。

それなのに…、どうして…?

それきり、A君は二度と登校することなく、数ヶ月後札幌の通信制高校に転学していきました。

参考までにどうぞ⬇

 

家庭訪問を重ねて

私は、A君が登校しなくなってから、自宅に何度も家庭訪問しました。

中学校でも休みがちだったことは知っていました。

それでも、初めての担任だったことから「何とかしたい」と私は意気込んでいました。

家庭訪問では、必ずA君の部屋に入れてもらいました。

その方が話しやすいし、理解が深まると思ったからです。

ですが、無口なA君とは会話のネタがありません。

そこでふと見つけたのは、『寄生獣』の単行本でした。

私は借りて帰ることにしました。

共通の話題を作りたかったからです。

それを繰り返すうちに、私は『寄生獣』にのめり込みました。

本気でおもしろくなったのです。あのマンガは今でも傑作だと思っています。


やっと共通の話題ができたのは、間違いなく『寄生獣』のおかげです。

この本をきっかけに、会話が弾むようになりました。

それでも、学校へは行きたくないようでした。

最後まで、理由がわからないまま、ご両親は転学を決意しました。

本人は「たくさんの人と一緒に勉強したくない」と親に話したそうです。

今思えば、私も自宅から30㎞くらい離れたA君宅に毎週よく通ったものだと思います。

また、A君も拒否せず、よく付き合ってくれました。本当はイヤだったはずなのに。

毎週日曜日の夜に担任が家庭訪問に来るわけですから…。

ご両親はいつも温かく迎えてくれました。今でも、年賀状のやり取りは続いています。

 

その後のA君は…

さて、その後のA君ですが、通信制高校の高校を卒業と同時に、国公立大学に合格し、大学院にまで進みました。

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A君にとっては正しい選択だった

今は、誰でも聞いたことがある一部上場企業に勤務して、名古屋市に住んでいます。結婚もしています。

お母さんは、

「あの時は、寂しかったし不安でした。でも、結果的にAにはそれが良かったようです。あのまま、部屋に閉じこもっていたら…」

おそらく相当なプレッシャーやストレスと戦い続けて、A君もご家族も疲弊したことでしょう。

私の家庭訪問もだんだん心の負荷になっていったに違いありません。

40歳近いA君は、昔の彼からは考えられないほど冗舌に会話するようになっています。

その原因は「自信」でしょうね。


参考までにどうぞ。⬇

 

登校したくなかった理由は…

Aくんは、今は私と冗舌に会話してくれます。

あの頃、不登校になった理由は、今でもハッキリわからないと言います。

ただ、大勢の人と交わるのが本当にイヤだったそうです。

イジられるなどもなかったと言っています。

ただ、気が強そうなクラスメートが会話する声を聞くだけで、気持ちが落ち着かないことがあったと語っていました。

でも、それだけが原因とは自分でも思えなく、ただひたすら部屋に閉じこもっていたかったと言います。

こういうケースでは、紫微斗数命盤を作って、飛星させると原因がわかるものです。

※当時の私は、紫微斗数を使えませんでした。

今は使えます。命盤を作って分析してみました。

  • 「福徳宮」が良くなく、マイナス思考が強く出る時期だった
  • 「奴僕宮」も良くない時期で、人と交わることが精神状態に負担を掛けていた
  • 「兄弟宮」は悪くないので、親友との関係は良好
  • 「官禄宮」の状態から勉強は好調
  • 「父母宮」から見える親との関係は、父親から厳しく指導されて負担だった

 

そんな時期に高校にA君は高校に入学したわけです。


転学後、親から遠く離れて札幌で暮らし、通信制の高校に通ったことが人生の転機になったようです。

思い切って転学に踏み込んだことが吉と出たわけです。

当時はかなり心配したそうですが、「結果的にはあの子には良かったのだと思っています」とお母さんは言っています。

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一人でコツコツやりたい性格の人だった

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【あとがき】不登校・過剰なストレスに対する新たな学校の選択肢

紫微斗数の話ですみません。

Aくんの性格を考えると、命宮の主星は「天機星」です。理想家で完璧主義です。

神経質ですが、理数系に強いタイプです。大学も工学部でした。

自分の思うようにコツコツやりたいタイプです。

大学生になり、社交性を身につけることの必要性を痛感し、それが自分の弱点なので克服しようと努力したそうです。

具体的には、サークルに入り、ボランティアにも参加して、幅広い年齢層の人と会話できるように努めたようです。

今では、会社の仲間とも上手くやっているといいます。

「上手く」といいますか、信頼できる上司や心を分かち合える友人も会社にいるそうです。

こういうケースもあります。

ただ、一つ言えるのは、遠くに出すには下宿代や食費が必要です。

金銭的負担も軽くないです。

その意味で、A君は恵まれていたといえます。

私立高校の通信制高校は学費が千差万別です。

パンフレットを見るだけでなく、電話予約すれば直接行って丁寧に説明してくれるはずです。

 

よろしかったら、過去記事もどうぞごひいきに。

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