はっぴーをパワーあっぷするブログ

四柱推命・紫微斗数・奇門遁甲を中心にいろいろなことを書き綴ります

通信制高校への転学成功例~普通高校にこだわる時代はすでに昔の価値観

20年くらい前までは「何が何でも普通高校で卒業させねば」という考えが支配していたと思います。
ここ数年で、「ストレス過剰に苦しむなら、通信制もあり」と変わってきているように感じます。

 

25年前に通信制高校に転学した生徒の例

早朝、友だちと自宅に迎えに行ったら成功した…?

入学直後から、特定の友だちとしか会話をしなかったA君の例です。

私が話しかけても、いつもブスッとしながら「はい」か「いいえ」しか言いませんでした。

入学後2か月もしないうちに登校しなくなりました。

仲の良い友だちB君も心配して何度か電話をしてくれたのですが、それでも登校してきませんでした。

あれは体育大会の日でした。

早朝からB君宅に行き車に乗せ、B君と私は二人でA君の家に迎えに行きました。

「体育大会だから学校に行こうよ」

という作戦でした。

もちろん、A君B君の保護者の方には事前に作戦の了承をもらっていました。

すると、A君は自らジャージに着替えて2階から降りてきて、車に乗ってくれたのでした。

その日、突然のA君の登校にクラスメートも驚き、できる限り優しく接してくれました。

走り回る彼の顔から笑顔がこぼれるのを見て、私もB君も喜びました。

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もっと満面の笑顔でした!

帰りのホームルームの際には、「明日も頑張ろうな」と数人のクラスメートが声を掛ける場面も見られました。

「うん」と頷くA君を見て、私も安心しました。

 

成功を確信して翌朝も迎えに行ったが…

翌朝、再びB君を連れて迎えに行きました。

しかし、なぜかこの日は2階から降りて来ません。

そのうち、「バタンバタン」とお父さんと引っ張り合いをする音が2階から聞こえてきました。

「わざわざ迎えに来てくれているんだぞ」

とお父さんの怒鳴り声が聞こえたので、

「いいです、いいです。無理しないでください」

と言って、B君と一緒に学校に向かいました。

お父さんもお母さんも、大変申し訳なさそうにしていました。

B君も、「昨日は楽しそうにしていたのに原因がわからない」と車の中で私に言いました。

今の社会だと、生徒を車に乗せることは許されません。当時は、今よりも多少は長閑な時代でした。

その前日は、これまで見たこともないほど笑顔がこぼれていたのでした。

それなのに…、どうして…?

それきり、A君は二度と登校することなく、数ヶ月後札幌の通信制高校に転学していきました。

 

家庭訪問を重ねて

私は、A君が登校しなくなってから、自宅に何度も家庭訪問をしていました。

中学校でも休みがちだったことは知っていました。

それでも、初めての担任だったことから「何とかしたい」と私は意気込んでいました。

家庭訪問では、必ずA君の部屋に入れてもらえました。

しかし、無口なA君とは会話の材料がありません。

そこでふと見つけたのは、『寄生獣』の単行本でした。

私は借りて帰ることにしました。

共通の話題を作りたかったからです。

それを繰り返すうちに、私は『寄生獣』にのめり込みました。

本気でおもしろくなったのです。

やっと共通の話題ができました。

だんだん滑らかな会話が進むようになりました。

それでも、学校へは行きたくないようでした。

最後まで、理由がわからないまま、ご両親は転学を決意しました。

本人は「たくさんの人と一緒に勉強したくない」と親に話したそうです。

今思えば、私も自宅から30㎞くらい離れたA君宅に毎週よく通ったものだと思います。

また、A君も拒否せず、よく付き合ってくれました。本当はイヤだったはずなのに。

毎週日曜日の夜に担任が家庭訪問に来るわけですから…。

ご両親はいつも温かく迎えてくれました。今でも、年賀状のやり取りは続いています。

 

その後のA君は…

さて、その後のA君ですが、通信制高校の高校を卒業と同時に、国公立大学に合格し、大学院にまで進みました。

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A君にとっては正しい選択だった

今は、誰でも聞いたことがある一部上場企業に勤務して、名古屋市に住んでいます。結婚もしています。

お母さんは、

「あの時は、寂しかったし不安でした。でも、結果的にAにはそれが良かったようです。あのまま、部屋に閉じこもっていたら…」

おそらく相当なプレッシャーやストレスと戦い続けて、A君もご家族も疲弊したことでしょう。

私の家庭訪問もだんだん心の負荷になっていったに違いありません。。

40歳近いA君は、昔の彼からは考えられないほど冗舌に会話するようになっています。

 

登校したくなかった理由は…

今になっても、自分でもわからないと言います。

ただ、大勢の人と交わるのが本当にイヤだったそうです。

イジられるなどもなかったと言っています。

ただ、気が強そうなクラスメートが会話する声を聞くだけで、気持ちが落ち着かないことがあったとは語っていました。

でも、それだけが原因とは自分でも思えなく、ただひたすら部屋に閉じこもっていたかったと言います。

このようなケースでは、紫微斗数命盤を作って、飛星させると原因がわかるものです。

案の定、その頃の「福徳宮」が良くなく、マイナス思考が強く出る時期だったことがわかりました。

「奴僕宮」も少し良くない時期で、多くの人と交わることが本人の精神状態に負担を掛けていたようです。

「兄弟宮」は悪くないので、親友との関係は良好で、「官禄宮」の状態から勉強は好調だったことがわかりました。

ただ、「父母宮」から見える親との関係すが、中学生の頃に父親からけっこう厳しく言われて「ウザい」と感じていたこともわかりました。

※当時は「ウザい」は流行っていませんでしたので、「ウルサい」ですね。

その当時の私には全く見抜けませんでした。A君も口にしませんでしたし。

そんな時期に高校にA君は高校に入学したわけです。

人混みに混じりたくない親から距離を取りたい、という2つの願望が渦巻いてマイナス思考が凝り固まり、無意識のうちにフテ腐っていたようです。

本人に確認すると、十分に思い当たると答えました。

その後、親から遠く離れて札幌で暮らし、通信制の高校に通ったことが自分の人生の転機になったということでした。

あの時に、思い切って転学に踏み込んだことが吉と出たわけです。

さらに、近隣の協力校にスクーリングに通うことを拒否して、札幌に下宿を借りて住むことにしたことが良かったとお母さんは言っています。

通信制ですから、わざわざ札幌に転居する必要はないのに、それを本人が強く望んだそうです。

当時はかなり心配したそうですが、「結果的にはあの子には良かったのだと思っています」とお母さんは言っていました。

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一人でコツコツやりたい性格の人だった

あとがき

性格を考えると、命宮の主星は「天機星」ですから、A君は、理想家で完璧主義です。

神経質ですが、理数系に強いタイプです。大学も工学部でした。

自分の思うようにコツコツやりたいタイプです。

大学生になり、社交性を身につけることの必要性を痛感し、それが自分の弱点なので克服しようと努力したそうです。

具体的には、サークルに入り、ボランティアにも参加して、幅広い年齢層の人と会話できるように努めたようです。

今では、会社の仲間とも上手くやっているといいます。

「上手く」といいますか、信頼できる上司や心を分かち合える友人も会社にいるそうです。

こういうケースもあります。

ただ、一つ言えるのは、遠くに出すには下宿代や食費が必要です。

普通は、自宅からスクーリングに通うので必要ない経費ですが、A君はその点について恵まれていたといえます。

また、私立高校の通信制高校は学費が千差万別です。

パンフレットを見るだけでなく、電話予約すれば直接行って丁寧に説明してくれるはずです。

 

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